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飯田で出会った出雲丹後 [狛犬・寺社(飯田市)]

長野県飯田市追手町、長姫神社。
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飯田市街地、河岸段丘を構成する松川と谷川に挟まれた台地の上。
かつて長姫城とも呼ばれた飯田城の城址に鎮座しています。
同社の土地は本丸だった場所のようで、その入口にあたる西側一帯には
柳田國男館や飯田市美術博物館などが並び立っており、
さらに西側には校舎や講堂が国登録有形文化財になっている
市立追手町小学校が建っている文化ゾーンとなっています。

で、神社ですが、、、

ご祭神は
従四位下侍従左衛門督秀政(じゅしいのげじじゅうさえもんのかみひでまさ)
従五位下美作守親良(じゅごいのげみまさかのかみちかなが)
従五位下美作守親昌(じゅごいのげみまさかのかみちかまさ)
同地を納めた堀家のご先祖様たちです。

由緒ですが、
嘉永3(1850)年、当時の飯田城主堀親義が菩薩寺である江戸渋谷の
東江寺内に祀られていたこの三霊神(現ご祭神)を飯田に迎え城内に安置し、
翌年堀家の祈願所である普門院(飯田市仲ノ町)に神殿を建てて祀った。
明治5(1872)年、廃藩に伴い親義は城を出て三霊神を転移先邸内に祀ったが、
明治13(1880)年、旧飯田藩士一同協議し飯田城二の丸奉遷、
同年長姫神社社号許可を得た。
明治33(1900)年、飯田小学校校舎新築に伴い旧本丸の現在地に
社殿が建てられ奉遷された。
(以上、長野県神社庁HPより参照)

神明鳥居をくぐって神社正面へ。

二の鳥居をくぐるとすぐ両脇に狛犬一対。
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大正7(1918)年4月建立の出雲丹後。
長野県内で出雲丹後を取材するのは、自分はこれで二例目。
一例目は箕輪町の長岡神社でしたが、こちらのほうが風化が進んでいる印象です。
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デザインは出雲丹後のスタンダード。
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長岡神社といい、ここ飯田の同社といい、日本海から距離のある山国の神社まで
出雲丹後が運ばれてきたことに驚きますが、
時代背景を考えると鉄道網もかなり発達してきている時代ですし、
内陸輸送で持って来られたと考えたほうがいいのでしょうかね。
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こういう狛犬たちの類型を見ることで当時の物流の様子も
いろいろと考えさせられたりします。

境内社。
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拝殿。
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本殿は覆い屋のなか。
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社務所は地図を見ると長野県神社庁の飯伊支部が置かれているようです。
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城址の遺構はほとんど感じられませんが、
境内はきれいに整っていてきれいでした。
2014.05.04.osahime13.JPG
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(撮影日:2014年5月4日)


より大きな地図で 狛犬(長野県飯田市) を表示
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