穂高神社本殿、現存最古の払い下げ [狛犬・寺社(安曇野市)]
安曇野市堀金三田、小田多井の八幡神社。
集落全体がのどかな田園風景のなかにあり、
八幡神社の社叢もどことなくほんわかした空気感があります。
神社近くにあるコンクリート改修されていない、昔ながらの水路。
懐かしい風景です。
拝殿。
摂社と境内の道祖神。
本殿は穂高神社の御遷宮祭における払い下げ神殿のひとつ。
元禄2年(1689)の新築で、その60年後の遷宮祭を経て
寛延3年(1750)に当時の小田多井村が金子4両で譲り受け
同社の本殿として移築したということです。
穂高神社払い下げ本殿としては、現存最古になるそうです。
穂高神社の建築様式を伝えるものとして貴重なものですが、
残念ながら一般人の目にできるのはこの程度まで。
ご祭神は譽田分命、建御名方命、八坂刀売命。
八幡様ですが、やはり諏訪系の神社ということなのでしょうか。
村誌チェックもしておらず、現地に由緒書きがなかったので詳細不明です。
狛犬は拝殿前に岡崎現代型が一対。
昭和36年11月建立。
「松本市宮渕 田近石材店刻」と、設置施工店の名前はありますが、
石工名はないですね。まだ大陸系の狛犬が出回る時代でもないですし、
普通に岡崎の石工さんが彫ったものと考えていいかなと推測します。
彫りはシンプルですが、子持ち玉持ちではないのでスッキリしていいと思います。
(撮影日:2012年6月23日)
より大きな地図で 狛犬を巡る火の見ヤグラーな日々 を表示
集落全体がのどかな田園風景のなかにあり、
八幡神社の社叢もどことなくほんわかした空気感があります。
神社近くにあるコンクリート改修されていない、昔ながらの水路。
懐かしい風景です。
拝殿。
摂社と境内の道祖神。
本殿は穂高神社の御遷宮祭における払い下げ神殿のひとつ。
元禄2年(1689)の新築で、その60年後の遷宮祭を経て
寛延3年(1750)に当時の小田多井村が金子4両で譲り受け
同社の本殿として移築したということです。
穂高神社払い下げ本殿としては、現存最古になるそうです。
穂高神社の建築様式を伝えるものとして貴重なものですが、
残念ながら一般人の目にできるのはこの程度まで。
ご祭神は譽田分命、建御名方命、八坂刀売命。
八幡様ですが、やはり諏訪系の神社ということなのでしょうか。
村誌チェックもしておらず、現地に由緒書きがなかったので詳細不明です。
狛犬は拝殿前に岡崎現代型が一対。
昭和36年11月建立。
「松本市宮渕 田近石材店刻」と、設置施工店の名前はありますが、
石工名はないですね。まだ大陸系の狛犬が出回る時代でもないですし、
普通に岡崎の石工さんが彫ったものと考えていいかなと推測します。
彫りはシンプルですが、子持ち玉持ちではないのでスッキリしていいと思います。
(撮影日:2012年6月23日)
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小田多井の火の見櫓 [火の見櫓(安曇野市)]
安曇野市堀金三田、小田多井の火の見櫓。
昨年6月に撮影したものですが、そのまま記事エントリーできておらず、
火の見櫓の性格上アップ時期を逃して載せるのは躊躇われたのですが、
今日近くまで出かけたついでに確認してきたら無事にまだ立っているので、
改めてエントリーした次第。
もっとも、安曇野エリアの火の見櫓はさほど撤去も目立つほど進んではおらず、
比較的安心して(?)取材後しばらく経ってもアップできるようです。
本題。
標準的3脚タワー。
上部の絞りが少し甘いかなと。
頂部の避雷針&飾り羽根は悪くないですが、
見張り台や踊り場の手摺は単調。
足元はやはりありがちな中途半端型アーチ。
3脚タワーは見る方向によって立ち姿が変わって見えやすく、
バランスとるのが難しいそうですね。
(撮影日:2012年6月23日)
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昨年6月に撮影したものですが、そのまま記事エントリーできておらず、
火の見櫓の性格上アップ時期を逃して載せるのは躊躇われたのですが、
今日近くまで出かけたついでに確認してきたら無事にまだ立っているので、
改めてエントリーした次第。
もっとも、安曇野エリアの火の見櫓はさほど撤去も目立つほど進んではおらず、
比較的安心して(?)取材後しばらく経ってもアップできるようです。
本題。
標準的3脚タワー。
上部の絞りが少し甘いかなと。
頂部の避雷針&飾り羽根は悪くないですが、
見張り台や踊り場の手摺は単調。
足元はやはりありがちな中途半端型アーチ。
3脚タワーは見る方向によって立ち姿が変わって見えやすく、
バランスとるのが難しいそうですね。
(撮影日:2012年6月23日)
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